セキュリティ対策評価制度の背景と必要性
近年、サイバー攻撃の巧妙化や国際的なサプライチェーンの複雑化により、企業は従来以上に高度なセキュリティ対策を求められています。特に取引先や委託先を含むサプライチェーン全体の安全性が経営リスクに直結する中、個社ごとの取り組みだけでは限界があります。こうした状況を踏まえ、統一的な基準で企業の取り組みを評価する「セキュリティ対策評価制度」の必要性が高まっているのです。
以下では、セキュリティ対策評価制度についての背景と必要性について解説します。
サイバー攻撃増加とサプライチェーンの脆弱性
サイバー攻撃は年々増加しており、攻撃対象は大企業だけでなく、中小企業や下請け企業にまで拡大しています。攻撃者はセキュリティ対策の弱い取引先を入口にして大企業へ侵入する手口を取るため、サプライチェーン全体の脆弱性が大きなリスクとなります。
そのため、自社だけで防御を固めても限界があり、取引関係全体での安全性確保が必須です。こうした背景が、セキュリティ対策を段階的に評価し可視化する制度の導入を後押ししています。
統一された評価基準が求められる理由
これまで企業ごとに異なる基準でセキュリティ対策が実施されてきましたが、評価や取引先への説明にばらつきがありました。その結果、十分な対策を実施している企業が適切に評価されない、逆に不十分な企業が見過ごされるといった課題が発生していました。
セキュリティ対策評価制度は、★3〜★5といった段階的な基準を設けることで、業界横断的に統一された判断基準を提供します。これにより、発注側も受注側も共通の指標を持ち、信頼性や透明性を高めることができます。
制度導入により期待される効果
セキュリティ対策評価制度の導入により、企業は自社の取り組みレベルを客観的に把握でき、改善の方向性を明確にできます。また、評価結果は取引先や顧客への信頼性アピールにもつながり、ビジネス上の競争力強化にも寄与します。さらに、サプライチェーン全体で統一された水準が保たれることで、リスクの波及を防ぎ、社会全体のセキュリティレベル向上が期待されます。
つまり本制度は、単なる認証制度ではなく、企業成長とリスクマネジメントの両立を支える重要な仕組みとなるのです。
セキュリティ対策評価制度の概要
セキュリティ対策評価制度は、企業が取り組む情報セキュリティ対策を客観的に評価・可視化し、サプライチェーン全体の信頼性を高めることを目的としています。単なるチェックリストではなく、段階的な評価基準を通じて企業の成熟度を示し、国内外の取引で活用できる指標として機能します。
ここでは、制度の趣旨や対象範囲、国際的な枠組みとの関係を紹介します。
制度の目的と趣旨
セキュリティ対策評価制度の最大の目的は、企業間取引における信頼性の担保とリスク低減です。従来、発注側は受注企業のセキュリティ体制を個別に確認する必要があり、双方に大きな負担が発生していました。
この制度は、国が定める統一的な基準に基づき、企業の対策レベルを★3〜★5といった段階で示すことで、信頼性を可視化します。結果として、発注側は安心して取引先を選定でき、受注側は自社の強みを証明できる仕組みとなります。
想定されるリスクと対象範囲
本制度では、ランサムウェア攻撃、標的型メール、クラウド環境の脆弱性、委託先からの情報漏洩など、多様なリスクを想定しています。対象は大企業だけでなく、中小企業や委託先も含まれ、サプライチェーン全体が守られることを前提としています。
特に「弱い部分が狙われる」という特性から、下請けやパートナー企業のセキュリティ水準を確認できることが重要です。この範囲の明確化により、従来見落とされてきたリスク領域への対応が進むと期待されています。
国内外の関連制度との整合性
セキュリティ対策評価制度は、日本国内だけでなく、欧米やアジア諸国で進むサイバーセキュリティ基準との整合性を意識して設計されています。
既存のISMS認証(ISO/IEC 27001)やNIST CSFといったフレームワークとも比較・調整が進められており、国際取引においても活用できるよう配慮されています。これにより、日本企業はグローバル市場においても共通基盤を持ち、海外取引先からの信頼を獲得しやすくなります。
国内外の枠組みとの連携は、制度の実効性と普及を高める重要な要素といえます。
評価基準と段階区分
セキュリティ対策評価制度では、企業の取り組みを一律に判断するのではなく、★3〜★5といった複数の段階に分けて評価します。これにより、自社の現状を客観的に把握し、次に目指すべき水準を明確化することが可能です。
ここでは評価段階の基準、対象事業者の範囲、さらに認証取得や更新手続きの流れについて解説します。
★3〜★5の評価段階と基準内容
セキュリティ対策評価制度の評価段階は、企業の成熟度を示す目安として設定されています。
- ★3は基本的なセキュリティ対策を実施している段階で、主に最低限の安全性を確保するレベル
- ★4は高度なリスク管理を行い、サプライチェーン全体を意識した体制を構築している状態を指す
- ★5は国際的にも高水準とされる対策を導入し、持続的な改善を実施している段階
このように、段階的な格付けを設けることで、企業は自社の立ち位置を把握しやすくなり、発注側も取引先の信頼性を判断しやすくなります。
評価対象事業者と適用範囲
評価対象は特定の大企業に限られず、サプライチェーンに関わる幅広い事業者が含まれます。中小企業や委託先も例外ではなく、むしろ攻撃者に狙われやすい脆弱なポイントとして重点的に対象とされています。
また、適用範囲は情報システムの運用に留まらず、クラウドサービスの利用状況や外部委託先の管理体制、さらには物理的なセキュリティ対策まで広がります。この包括的なアプローチにより、制度は部分的なセキュリティ管理ではなく、組織全体および取引ネットワーク全体を守る仕組みとして機能します。
認証取得の流れと更新手続き
認証取得の流れは下記の通りです。
- まず企業が自己点検や第三者による診断を通じて現状を把握する
- 評価機関による審査を受け、基準を満たしていれば★3〜★5の認証が付与
一度取得して終わりではなく、定期的な更新手続きが求められる点も重要です。更新では、改善状況や新たなリスクへの対応状況が確認され、企業は常に最新のセキュリティ水準を維持する必要があります。
この仕組みにより、制度は単なるスタートラインではなく、継続的なセキュリティ強化を促進する仕掛けとして機能します。
制度導入によるメリット
セキュリティ対策評価制度の導入は、単なる認証取得にとどまらず、企業の信頼性や競争力を高める大きな効果をもたらします。取引先や顧客との関係強化、サプライチェーン全体の安全性向上、さらに自社の情報資産管理レベルの可視化と改善につながる点が大きなメリットです。
ここでは、制度導入のメリットについて解説します。
取引先との信頼性向上
企業がセキュリティ対策評価制度の認証を取得することで、取引先に対して自社の安全性を明確に示すことができます。
従来は「どの程度の対策を講じているのか」が不透明で、取引先の不安や確認コストが大きな負担となっていました。しかし、★3〜★5といった評価段階が明示されることで、取引先は共通基準をもとに安心して判断できます。
結果として、認証を持つ企業は選ばれやすくなり、新規取引の獲得や既存顧客との関係強化につながります。
サプライチェーン全体のセキュリティ強化
サイバー攻撃は直接狙われる企業だけでなく、サプライチェーンの弱点を通じて被害を拡大させるケースが増えています。セキュリティ対策評価制度は、取引先や委託先を含む幅広い事業者を対象とするため、全体としてのリスク低減に大きく貢献します。
発注企業にとっては安全な取引網を築くことができ、受注企業にとってはセキュリティ水準を高めることで競争優位性を確保できます。このように制度は、企業単独では対応しきれないリスクを業界全体で共有・改善する仕組みを実現します。
自社の情報資産管理レベルの可視化
セキュリティ対策評価制度は、企業が自社の情報資産をどのレベルで守れているかを客観的に可視化する効果もあります。自己診断や第三者評価を通じて、自社の強みや弱点が明らかになり、改善の優先順位をつけやすくなります。
さらに、認証取得の過程で得られるフィードバックを活用することで、継続的な改善サイクルを回せる点も重要です。結果として、内部管理体制の強化や従業員のセキュリティ意識向上にもつながり、企業全体のガバナンス強化に直結します。
企業が準備すべき対応ポイント
セキュリティ対策評価制度への対応を進めるうえで重要なのは、制度の要求事項を待つのではなく、今から体制を整えることです。特に組織資産の可視化やポリシーの再整備、立場に応じた実務対応、そして第三者による客観的な診断が効果的です。
ここでは、企業が準備すべき対応ポイントについてお伝えします。
組織内資産の棚卸しと可視化
まず取り組むべきは、自社が保有する情報資産を正確に把握することです。サーバーやPCといったハードウェアだけでなく、クラウドサービスや外部委託しているデータも含め、全体像を棚卸しする必要があります。
可視化によってどこにリスクが集中しているのかが明確になり、セキュリティ対策の優先順位をつけやすくなります。評価制度の基準を満たすためにも、資産管理台帳の整備やアクセス権限の明確化といった基本施策は欠かせません。
セキュリティポリシーの見直し
次に、自社のセキュリティポリシーを最新の脅威環境や制度要件に合わせて更新することが求められます。従業員の行動規範、外部とのデータ共有ルール、インシデント対応フローなどを定めたポリシーは、形骸化しやすい領域です。
セキュリティ対策評価制度では、方針が実際に運用されているかどうかも評価対象になるため、文書化だけでなく周知徹底や教育も不可欠です。定期的にレビューを行い、国際基準や業界ガイドラインとの整合性を確保することが望まれます。
発注企業・受注企業それぞれの実務対応
発注企業は、取引先のセキュリティ水準を適切に確認し、リスクのある業者を排除する体制を構築することが重要です。
一方で受注企業は、自社のセキュリティ対策を客観的に示し、評価制度に準拠することで取引機会を拡大できます。双方に共通するのは、契約段階でセキュリティ要求事項を明確化し、モニタリング体制を整えることです。
制度導入によって、単なるチェックリストではなく、発注側・受注側双方が実務に基づいた対応を求められるようになります。
第三者による現状診断の活用
自社だけでセキュリティ水準を正確に評価するのは難しいため、外部の専門機関による診断を活用することが効果的です。第三者の視点を取り入れることで、見落としていた脆弱性や改善ポイントが明らかになります。
また、評価制度の認証取得を見据えて事前診断を行えば、スムーズな審査対応につながります。加えて、社内にフィードバックを還元することで、従業員のセキュリティ意識向上にも寄与します。制度対応を効率的に進めるためには、外部リソースの積極的な活用が不可欠です。
制度導入スケジュールと今後の動向
セキュリティ対策評価制度は段階的に制度化が進められており、企業は計画的に準備を進めることが求められます。制度化までのロードマップ、運用開始に向けた具体的な実施事項、さらに今後予定される制度拡張や法制度との連携を把握することが、自社のリスク管理と競争力強化につながります。
ここでは、制度導入スケジュールと今後の動向について紹介します。
制度化までのロードマップ
経済産業省は2026年度の本格運用開始を目標に、検討・中間取りまとめ・実証実験を順次進めています。
2025年には制度の枠組みや評価基準の詳細が示され、パイロット的な導入を通じて実務上の課題を検証中です。企業にとって重要なのは、正式制度開始を待つのではなく、この準備段階から動き出すことです。
特にサプライチェーン全体を巻き込んだ情報共有や契約条件への反映は、早期に取り組むほどスムーズに対応できます。ロードマップを把握し、自社の対応スケジュールに落とし込むことが成功の鍵となります。
運用開始に向けた実施事項とタイミング
制度が正式に始まる前に企業が行うべきことは多岐にわたります。
例えば、
- 組織資産の棚卸し
- ポリシー整備
- 従業員教育
- 取引先管理ルールの再設計等が挙げられる
これらは短期間で整備できるものではなく、1〜2年単位で準備を進めることが前提となります。特に審査や認証取得のためには、申請書類の準備や内部監査体制の確立が不可欠です。タイミングを逃すと制度対応が後手に回り、取引機会を失うリスクもあるため、今から段階的にスケジュールを策定し、優先度をつけて対応することが推奨されます。
今後の制度拡張や関連法制度との連携
セキュリティ対策評価制度は、今後さらに拡張される可能性があります。対象業種の拡大や評価基準の高度化に加え、能動的サイバー防御法やサイバーレジリエンス法といった関連法制度との連携が想定されています。
これにより、制度は単なるガイドラインではなく、実質的な規制や取引条件としての強制力を持つようになる可能性があります。国際的な枠組みとの整合性が進むことで、海外企業との取引にも直接影響するでしょう。企業は制度の進化を継続的にフォローし、自社のセキュリティ戦略を柔軟に見直す姿勢が不可欠です。
まとめ
セキュリティ対策評価制度は、増加するサイバー攻撃やサプライチェーンの脆弱性に対応するために導入が進められている仕組みです。
企業のセキュリティ対策を★3〜★5といった段階で客観的に評価し、取引先との信頼性を高めると同時に、サプライチェーン全体のリスク低減を目的としています。制度導入のメリットは、企業にとっての安心感だけでなく、新規取引の獲得や国際的な競争力強化にも直結します。
一方で、制度対応には組織資産の棚卸し、ポリシーの見直し、発注側・受注側それぞれの実務整備、さらに第三者診断の活用といった多面的な準備が欠かせません。2026年度の本格運用開始を前に、今から段階的に対応を進めることが重要です。
制度は今後、関連法制度との連携や国際的な基準との整合も進む見込みであり、企業は継続的に情報をアップデートしながら、セキュリティ対策を経営戦略の一部として強化していく必要があります。ぜひ本記事を参考にしてください。